インタビューを受けてくれた方の簡単な自己紹介
出身地は静岡県静岡市で学歴は大卒です。
2003年に大学卒業後、静岡県にある技術派遣の会社に正社員として入社。
技術系のエンジニアとして14年勤務しました。
具体的には自動車メーカーに11年、電気製品製造メーカーに3年です。
前職の年収は勤続年数3年、36歳で450万円でした。
豊田自動織機の求人に応募したときの年齢は37歳です。
豊田自動織機へ応募する場合はこちらのリンクをクリック
豊田自動織機への入社のきっかけは?
豊田自動織機の求人は、人材派遣会社の「総合キャリアオプション」で見つけました。応募しようと思ったきっかけは、総合キャリアオプションを通して応募するとメリットがあるためです。
そのメリットとは、入社祝い金10万円が入社1週間後に貰えることと、人材派遣会社の担当者から面接対策を行ってもらえることです。
実は、私は前職を人間関係のストレスなどで退職した後、海外旅行に行くなどして1年間毎日遊び歩いていました。
ついに所持金は1万円になり、貯金も底をついたのです。しかもクレジットカードのリボ払いが100万円ありました。
そのため現金が必要でしたし、早く確実に年収の良い職に就職する必要があったのです。
そこで祝い金や面接対策がある総合キャリアオプションを通じて応募しました。
しかも豊田自動織機は寮費が無料であり、6ヶ月間で180万円の給料がもらえる点も魅力でした。
豊田自動織機の面接はどうでしたか?
面接は愛知県刈谷市内の豊田自動織機の本社会議室で行われました。面接官は40代の男性1人で質問内容は次の通りです。
●豊田自動織機を志望した動機
●健康状態について
●自己PR
体力的に辛い仕事を任せられるため、「健康状態が良好であること」と「入社後6ヶ月の契約期間を全うできる人であるかどうか」が採用基準になります。
そのため体力に自信があること、仕事が辛い持ち場になったとしても6ヶ月の契約期間を全うできることを伝えました。
豊田自動織機ではどのような仕事をされましたか
愛知県刈谷工場のエアージェット織機の物流部署に配属されました。
具体的な仕事内容は織機の部品をピッキングし、組立ラインの工程への払い出しです。
部品を積載した台車を移動させながら、工場内を1日歩き回るため万歩計の歩数が3万歩(25km相当)を超えることもありました。
一番辛かったのは、夏場での作業です。
工場内の温度は35℃を超えており、全身汗まみれで作業していました。中には熱中症で倒れる人もいたほどです。
工場の仕事は年収は良いですが、夏場の作業はひどく暑く大変なので、空調の効いた工場があれば羨ましく感じます。
勤務時間は以下の通りです。
勤務時間 :8:00から16:50
お昼休み :12:00から13:00
10分休憩 :10:00から10:10 15:00から15:10の2回
豊田自動織機での給料、年収はいくらくらいでしたか
入社後の6ヶ月の総収入は約165万円でした。
夜勤がなかったことと入社祝い金と3ヶ月満了金、契約満了金以外は手当がなかったため収入は少なめです。
ただし6ヶ月の契約期間を満了後、契約延長をする毎に日給が300円ずつ上がり、残業代も上がりました。
また経験者手当が毎月2万5千円、契約満了時に18万円が日給や残業代とは別に支給されます。
そのため、2年6ヶ月以降の半年間は180万円と総収入が最も高くなりました。
期間工の勤務できる期間は最大で3年間のため、給料が高い期間は3年満了前の半年間です。
具体的な金額は以下の通りです。
・入社後 6ヶ月間 総収入 1,650,000円
日給:9,600円 月給:192,000円 残業代:32,000円(20h/1ヶ月)
入社祝い金:100,000円
3ヶ月満了金:100,000円 契約満了金:120,000円
・入社2年6ヶ月後から6ヶ月間 総収入 1,800,000円
日給:11,200円 月給:224,000円 残業代:20,000円 (10h/1ヶ月)
経験者手当 :150,000円(毎月25,000円ずつ支給) 6ヶ月満了金 180,000円
上記は、2016年8月〜2019年8月までの給与についてとなります。
実は1年前に再勤務しておりまして、2021年8月〜2022年2月までで勤務した際の給与明細が残っておりましたので、下記ご参考ください。
豊田自動織機では貯金はいくらくらいできましたか
貯金はできませんでしたが、入社前にあったクレジットカードのリボ払い金100万円をすべて弁済できました。
会社が用意してくれた寮での生活でしたが、寮費が無料で朝と夜の2食が1日500円で済んだため、給料のうち10万円を弁済に充てられたのです。
豊田自動織機で働く前は何をされていましたか
ヤマハ発動機のグループ会社で、ゴルフカートを作る仕事をしていました。
豊田自動織機 刈谷工場ではどのような方が働かれていましたか
私を含めて他の期間工や派遣社員は、30代後半から50代前半までの人が多かったのですが健康で体力のある年輩の人も仕事していました。
また北海道や沖縄など遠い場所から、愛知県に出稼ぎで来ている方もいます。
工場勤務が初めての方もたくさんいました。
一方、正社員は平均年齢が20代と若い人がほとんどです。現場リーダーの班長やサブリーダーも30代後半で私よりも年下です。
私よりも年上の正社員は、課長や部長などの管理職の人だけでした。
豊田自動織機で実際に働いてみての率直な感想は?
入社して1ヶ月は、仕事を安全に行うための教育と業務を習熟するためのOJTをやってくれたので安心して取り組めたのが大変よかったです。
先輩社員はとてもきさくで、わからないことを質問すれば、丁寧に答えてくれたので助かりました。
ただ、自分の持ち場を任せられてから1ヶ月は、体が慣れなくて腰痛が起きたり、腕が筋肉痛になったりしたのがやや辛かったです。
しかし2ヶ月以上経過してからは、慣れてきて腰痛や筋肉痛などの症状はなくなり、自分のペースで仕事ができました。
担当した持ち場次第ですが、要領を覚えて慣れてくれば楽だと感じることもあるようです。
残業は毎日30分から1時間ありますが、組み立てラインが頻繁に停止するため、2時間に延びる場合もあります。1日の計画台数の組み立てが全て終わるまで帰宅できませんので、終業時間までが長く感じるときもありました。
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管理人
インタビューは以上となります、ありがとうございました!